認定NPO法人自然再生センター > 中海・宍道湖について

中海とは

海水と淡水の中間の塩分を持つ水のことを「汽水」といい、その水を湛えている湖沼を「汽水湖」と呼びます。日本には面積 4 平方 km 以上の湖沼(ダム湖含まず)が 53 湖沼あり、その内の 18 湖沼が汽水湖にあたります。中でも中海と宍道湖は日本でも稀少な「連結汽水湖」で、ラムサール条約登録湿地にもなっています。
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中海(なかうみ)は、島根県松江市・安来市と鳥取県境港市・米子市にまたがる汽水湖で、国内では5番目の面積(86.79km²)を誇る湖です。日本海に開いた湾の入り口が、砂州によって塞がれてできた湖(潟湖)で、東は境水道を通じて日本海と、西は大橋川を通じて宍道湖と繋がる斐伊川の本流の一部です。宍道湖と中海は日本でも稀少な「連結汽水湖」でもあります。地元では「ちゅうかい」とも呼ばれたり「錦海(きんかい)」と呼ぶエリアもあります。その「錦海」の名の通り、昭和30年代前半までは、たくさんの生き物に溢れ、中でも赤貝(サルボウガイ)は地域の特産品として、そりこ舟を使った漁なども盛んに行われていました。沿岸には海水浴場もあり、地域に住む人たちにとって身近な「きれいな遊べる」水辺だったのです。

中海の姿を大きく変えた大規模な「干拓・淡水化事業」

昭和29年に島根県が計画を発表した中海の大規模干拓および淡水化は、「昭和の国引き」と言われるほどの大事業として、昭和38年に始まりました。干拓によって約2230haの農地を生み出し、沿岸の農地の農業用水確保を目的に中海を淡水化するという目的がありました。しかし、昭和46年の減反政策を背景にした事業目的の計画変更や、昭和50年代後半から起こった水質汚染や環境破壊を懸念する住民たちの反対運動などによって、昭和63年、干拓の大部分を占める本庄工区について淡水化施行延期となり、本庄工区の干拓は先送りされました。その後、他工区の干拓工事は完了したものの、全国的な公共事業見直しの機運の中、島根県が財政圧迫などを理由に事業を凍結し、農林水産省も本庄工区の干拓中止を決定しました。また、長らく凍結状態になっていた淡水化についても、平成14年に農林水産省が事業中止を決定しました。

干拓工事は中海をどう変えたのか

中海干拓事業は戦後の食糧難を解決する目的で計画され、周辺のうちへの灌漑用水確保のための淡水化計画と合体して1968年から本格的な工事が開始されました。
 1983年までには干拓堤防や水門など基本的な工事は終了しましたが、その間の社会変化により、干拓までして水田を作る必要性が薄れ、淡水化による水環境の悪化も懸念されるようになりました。
 1996年には最大で最後の干拓予定地であった本庄水域の干陸化が進められようとしましたが、住民の強い反対運動などを受けて2000年に政治的判断で事業の中止が決定されました。
 2009年には森山堤防の一部が開削され、中海干拓・淡水化に関わる事業は終了しました。しかし、この事業に関わる一連の工事によって、中海は大規模な地形改変が行われたため、海水と淡水の水の流れが大きく変わり、沿岸では多くの浅場が失われ、湖底には約800万m2に及ぶと言われる浚渫窪地が残されてしまいました。

宍道湖とは

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島根県の東部にある、面積では国内7番目(79.25㎢)の大きさを誇る汽水湖です。中海や県内の神西湖と同じように、浅海の一部が堆積物により外海と絶縁されて、浅い湖となった潟湖で、約1万年前に今のような湖になったと推定されています。特産品は、湖内漁獲量の約9割を占めるヤマトシジミで、早朝のシジミ漁の風景は、宍道湖ならではの景色とそて夕景とともに有名です。中海と同様に、汽水湖ならではの魚介類が豊富で、中でもスズキ、モロゲエビ(ヨシエビ)、ウナギ、アマサギ(ワカサギ)、シジミ、コイ、シラウオは「宍道湖七珍」と呼ばれています。

生き物の王国、宍道湖

宍道湖の周辺湖岸には、貴重なヨシの群生が見られ、アオノリ等の海藻も生育しているだけでなく、国内有数の水鳥の渡来地でもあります。これまでに240種以上の鳥類の生息が確認されており、特にガン・カモ類は毎年4万羽を超え、中でもキンクロハジロは2万羽以上、スズガモは5,000羽以上が確認されています。マガン、キンクロハジロ、スズガモについては、全世界の水鳥の一種の個体数の1%以上が宍道湖で生活していると言われています。

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